大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2313号 判決

控訴人 株式会社鳳商事

右代表者代表取締役 酒井宏侑

右訴訟代理人弁護士 助川武夫

仝 鷲野忠雄

被控訴人 株式会社ヤエスブラザー

右代表者代表取締役 伊藤増吉

右訴訟代理人弁護士 重富義男

仝 大江忠

仝 古山昭三郎

仝 丸山実

主文

一、甲事件について

原判決を取消す。

横浜地方裁判所昭和四八年(ヨ)第四九号不動産仮処分申請事件について同裁判所が同年一月二四日した仮処分決定を取消す。

被控訴人の右仮処分申請を却下する。

第二項は仮りにこれを執行することができる。

二、乙事件について

本件控訴を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分しその四を控訴人のその余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は甲事件について主文第一乃至第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を、乙事件についてした原判決を取消し横浜地方裁判所昭和四八年(ヨ)第四三五号不動産仮処分申請事件について同裁判所が同年五月三一日にした仮処分決定を認可する旨の判決をそれぞれ求め

被控訴人訴訟代理人は控訴人の本件控訴を棄却する旨の判決を求めた。

当事者双方の主張事実ならびに立証は次につけ加えるほか原判決摘示の当事者双方の主張事実ならびに証拠関係と同一であるからここにこれを引用する。

一、当事者双方の主張

(一)  控訴人代理人の主張

1、本件不動産の時価は一億八千万円を下らないところ、右不動産の昭和四七年二月九日における控訴人と被控訴人間の売買による所有権の移転は同日における被控訴人の控訴人に対する六千万円の貸金債権の担保の意味でなされたものであり、同年二月一五日に被控訴人と控訴人間に締結された同年八月一一日における右不動産の再売買(控訴人による買戻)代金七、二六〇万円中被控訴人の控訴人に対する右貸金元本六千万円を超える部分は実質上利息制限法を超過する利息であるから、右貸金元本とこれに対する利息制限法の範囲内の利息と前記本件不動産の時価一億八千万円とを清算するまでは被控訴人に右不動産の所有権は確定的に移転せずまた控訴人には当該物件を被控訴人に引渡す義務がないのに被控訴人は右所有権が被控訴人に属する旨を主張するとともに昭和四八年一月一六日控訴人が適法に継続していた本件不動産に対する適法な占有を不法に排除し爾来被控訴人において本件不動産を占有するに至っているのである。

2、被控訴人の控訴人に対する右貸金六千万円中四七七〇万円は控訴人の本件不動産の前所有者鈴木肇に対する買受代金として被控訴人から右鈴木に直接交付され、一〇〇万円は天引、三〇〇万円は右鈴木に対する贈与金、五八〇万円は被控訴人と控訴人間の本件取引の仲介人轟哲行に対する謝礼金、三〇〇万円は被控訴会社代表者伊藤増吉に対する名目不明の交付金として控除されたほか本件不動産の昭和四七年二月九日付売買による所有権移転登記の登録税、本件取引に関する被控訴会社代表者および部長らに対する饗応費の支払のため費消せられ右貸金中控訴人の手中に入った残額は殆んど皆無であった。

(二)  被控訴人の答弁

被控訴人の控訴人に対する交付金六千万円が貸金であることは否認する。右は本件不動産の売買代金である。昭和四八年一月一六日当時控訴人が本件不動産を占有していた事実は否認する。当時本件不動産を占有していた者は被控訴人であって控訴人こそ同月一三日および一六日の二回に渉り被控訴人の施した錠前を破壊して被控訴人の本件不動産に対する占有を妨害したものである。

二、《証拠関係省略》

理由

一、本件不動産を控訴人が申請外鈴木肇から買受けてこれを被控訴人に売渡す旨の売買形式の契約がなされてから昭和四七年一一月二七日付の内容証明郵便をもって被控訴人が控訴人に対する右不動産の再売買形式の契約が解除となった旨の通知がなされるまでにいたるまでの右不動産の被控訴人と控訴人間における取引の経緯の事実認定については右売買および再売買が被控訴人の控訴人に対する貸金の担保の趣旨をもってなされたものでなく実質的にも真実の売買および再売買であるとの点を除いては原判決書八枚目表一行目中「証人馬場一郎」の下に「(原審及び当審)」を、同行目「証言」の下に「ならびに控訴会社代表者酒井宏侑(原審及び当審)の尋問の結果」を、同二行目「疎明される。」の下に「その前認定を覆すに足りる証拠はない。」を同一〇行目中「売渡し」の下に「たとして」を、同一一行目中「代金」の下に「名下に右金員」を、同行目中「授受がなされて」の下に「これによって被控訴人が右不動産の所有権を取得したとして」を、同九枚目表七行目および一一行目ならびに同一〇枚目表四行目中各「売買契約」の下に「形式の契約」を各加えるほか、原判決の理由冒頭(同七枚目裏八行目から同一〇枚目表五行目まで)を引用する。

二、右の認定によると本件不動産所有権の昭和四七年二月一〇日の控訴人から被控訴人えの移転および同年八月一一日までに七二六〇万円の支払を支払った場合における被控訴人から控訴人えの再移転はそれぞれ恰も実質上も右不動産の売買およびその再売買であるかの如き外観を呈するが、右のように一旦同年二月一〇日に売買された不動産が同年八月一一日までに控訴人が七二六〇万円の売買代金を支払うときは控訴人に再売買される取り決めが同年二月二五日になされていることおよび控訴人から被控訴人に右不動産が売渡されたとする同年二月一〇日の以後である同年三月一七日附をもって一旦被控訴人に所有権が移転したとする本件不動産を控訴人において第三者に売却し被控訴人には協力謝金を支払う旨の記載ある控訴人の被控訴人宛念書(成立に争のない疏甲第五号証ノ二((疏乙第二一号証と同じ)))ならびに同日附の控訴人が同年八月一一日以前に再売買代金を支払うときは約定金額七二六〇万円を日割計算(一月一二〇万円の割合による)で減額する旨の記載ある被控訴人の控訴人宛念書(欄外の記載以外については成立に争のない疏甲第二九号証の五)が存在することとを考え合せると本件不動産の右売買ならびに再売買は真実の売買ではなく本件六千万円の貸金担保の趣旨であったとする原審及び当審の控訴会社代表者酒井宏侑の供述部分はその裏付があるものとして措信すべくこの認定に反し右の売買ならびに再売買はいずれも真実の売買ならびに再売買であるとする原審ならびに当審の証人馬場一郎の証言部分は措信し難く他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三、そうすると被控訴人は本件不動産の所有権を元本六千万円の本件貸金担保として取得したのであるからその貸金の元利金と右不動産の価格とを清算しその清算金を控訴人に支払わない限り確定的には右所有権を取得しない筋合である。

(一)  そこでまづ被控訴人が右の清算をなした上確定的に所有権を取得し得べき時期について考えるのに前記昭和四七年二月二五日における再売買の取決めによって右清算を被控訴人がなし得る時期は控訴人が前記再売買代金の不払によって再売買の権限を喪失すべき同年八月一一日の翌日であると解すべきところ、この点に関し《証拠省略》中には右代金の支払日が同日以降に延期された趣旨の部分があるがその内容は明瞭性を欠き直ちに措信できないところであり右供述によって控訴会社代表者酒井宏侑と被控訴会社の総務部長である馬場一郎間の対話を録音したテープの内容を記述したと認められる甲第一三号証の記載内容も右期日の延期の疏明としてはなお不充分であり他に右延期の事実を疏明するに足りる証拠はない。

(二)  次に本件不動産の所有権移転の時期と清算金支払義務の関係について考えるのに前段認定のとおり被控訴人は右同年八月一一日の翌日である同月一二日の時点において清算金を支払えば右所有権を確定的に取得できる法律上の立場にあったものというべきところ右時点においては本件不動産の時価が右貸金の同時点における元利合計金額を超過していたことを認めるに足りる証拠がない。

すなわち昭和四七年一月二五日の控訴人と申請外鈴木肇との本件不動産の売買代金が四七七〇万円であったことは控訴会社代表者酒井宏侑も原審における供述中において自から認めるところでありその八月足らずの後である同年八月一一日の時点における右不動産の時価が如何に当時における不動産価格の上昇が顕著な事実であったとはいえ、六千万円の貸金元本とこれに対する同年二月一〇日の貸付の日から右八月一一日までの利息制限法範囲内の利息の合計額を超えるものとなっていたとは到底認められないからである。この点に関し控訴人は右貸付にあたり一〇〇万を天引された旨主張するがこの天引の事実を認め得る証拠はないのみならずまたたとえその天引の事実があったとしても本件においては一〇〇万円程度の相違は同年八月一二日当時の本件不動産の時価が右貸金債権の元利総額を超過していなかったとする前記認定に影響のないことは計数上明らかである。更に控訴人は右貸付の際およびその後において前記鈴木に対する贈与金その他を右貸金のうちから出費した旨主張するがその出費はいずれもその主張自体右貸金の要物性とは無関係な別個の出費であってこの点に関する控訴人の主張は主張自体失当である。

従って右同年八月一一日の時点において被控訴人には清算金支払の義務は存在しなかったことになるので控訴人が再売買代金の不払によって再売買の権限を喪失すべき右の時点の経過と共に被控訴人は当然確定的に本件不動産の所有権を取得したというべきである。

四、終りに本件不動産に対する被控訴人の占有が妨害されたとする昭和四八年一月一三日および同月一六日当時における本件不動産の占有状態について考えるのに控訴人は被控訴人に対し昭和四七年二月一〇日本件不動産を担保に供したことは前段認定の通りであるが同日以降も控訴人が本件不動産を占有してこれを使用していたことは被控訴人もこれを認めて争わないところであり、同年八月一一日前記のように控訴人が再売買の代金を支払うべき日と定められていた日ないしは同日以降昭和四八年一月一三日ないし同月一六日までに被控訴人が控訴人から占有移転を受けた事実を認め得る証拠はない。もっとも《証拠省略》によれば昭和四七年二月一〇日控訴人が本件不動産の三組の鍵のうちその一組を控訴人が被控訴人に手交した事実が認められるが被控訴人において控訴人の同日以降の本件不動産占有を承認していたことが前記の如くである以上右の鍵の交付は控訴人が同日以降も引続き右の占有を継続すべきことを前提とし、ただ被控訴人が担保権者となった立場において本件土地家屋に立ち入りこれを管理することを占有者たる控訴人が承認したに過ぎないと認むべきであるから右の鍵を被控訴人が前記八月一一日以降も保持し続けた事実があったとしても同日以降の本件不動産の占有が被控訴人に移ったとすることはできない。かえって《証拠省略》によれば右昭和四七年八月一一日以降も控訴会社において本件不動産を占有し本件不動産には翌四八年一月一三日当時も控訴人によって施錠がなされていたが同日被控訴人によってその施錠が破壊されその日控訴人が新らたに施した鍵も同一七日に再び破壊されて控訴人が被控訴人によって本件不動産に対する占有を奪れた事実が認められ《証拠省略》中右認定に反し昭和四七年八月一一日以降本件不動産が被控訴人によって占有されていた趣旨の証言部分は措信できない。そうすると右昭和四七年八月一一日以降前段認定のように控訴人は本件不動産に対する所有権を確定的に喪失し控訴人はこれを被控訴人に引渡すべき義務を負うに至ったとはいえ昭和四八年一月一三日ないし同月一六日当時本件不動産を現実に占有していたものは控訴人であり、同月一七日右占有を侵奪したものは被控訴人であって控訴人が同月一三日ないし一六日に被控訴人の本件不動産に対する占有を控訴人が妨害した事実はこれを認めることができない。

以上の次第で被控訴人のした甲事件の仮処分申請及び控訴人がした乙事件の仮処分申請はいずれもその被保全利益を欠き失当であるから、原判決中甲事件についてした判決ならびに横浜地方裁判所が昭和四八年(ヨ)第四九号不動産仮処分申請事件について同年一月二四日した仮処分決定を取消して右仮処分申請を却下すべく、原判決中乙事件に関する部分の控訴はその理由がなくこれを棄却すべきものとし、仮執行の宣言、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九六条、七五六条を各適用して主文のように判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 舘忠彦 裁判官安井章は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 菅野啓蔵)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例